家庭は、奉仕する精神を失い 旦那はやがて不倫サイトへと

私達現代社会の人たちは、たった1人の奥様と、毎日毎日セックスをし、セックスをすれば、するほど愛が強いという置き換えをしているのです。セックスは、遊びと思っている人たち、誤解のないようにしていただきたい。奥様は、セックスをしたい旦那に奉仕し、奉仕を重ねることが、愛に尽くすことです。そして、夫婦ががっちりスクラムを組み不動の地位を保つことになります。セックスをすればするほど、愛がポイントアップしてくれるという確固たる証明があれば良いのです。

夫婦に愛なんて存在しない

しかし、夫婦なんて、突如して愛を求めなくなってしまうのです。そして、セックスを繰り返し愛が確立されていくこと自体幻想だとすぐに見破ることになります。実際に、セックスは愛だなんて言っている愛の本質は、まだまだ恋に近いものであり、家庭は、お金がないとか、子供さんを育児しなければならないとか、ああだこうだやっているうちに今度は自らが愛らしきものを作り出していくのです。

今まで私達が語っていた愛とは、エロス的愛にすぎず、家庭は、やがて、試行錯誤してアガペ的愛に移行することになります。そのとき、セックスってどういう立場になっているのかといえば、子供さんをセックスによって作ろうとしている訳ではありませんし、遊びの道具にしか過ぎず、奥様も気持ちいいと感じなければ、セックスなんてシャットアウトされてしまうでしょう。

奉仕としてのセックス

でもそこに全然奥様がしたくもないのにセックスをしてあげる精神は残されているかもしれません。それは、やがて試行錯誤して築き上げるアガペの精神においても、奉仕という精神は残されているためです。

奉仕し、奉仕される精神は、旦那が会社で仕事をし、給料を持って帰り、奥様は、美味しいご飯を用意して待っているということにも通じますし、旦那が一生懸命労働してヘトヘトになって帰ってくるから、セックスを積極的にしてあげて解放してあげるという精神にも繋がるはずです。

奉仕という精神が、私達の家庭にまだ残されているからいいのかもしれませんが、全面的にセックスは遊びということになってしまえば、奥様は、セックスがしたくなければ絶対に見向きもしないでしょうし。セックスが快楽の道具に過ぎないのなら、気持ち良くなければ、そこに見向きする義務などないのです。

段々とそのようなセックスになり、性的関心の強い、旦那と奥様に対して線引きが出来、旦那はセックスをまだまだしたいあまり、果てしなく想像の旅に出てしまう訳です。

奥様が奉仕としてのセックスを見捨てた時

奥様が奉仕としてのセックスを見捨てたとき、旦那はひたすら、セックスの新しい世界に飛び出していこうとする訳ですが、そうでなくても、セックスは、家庭の中で、マンネリ化しすぎるほどマンネリ化している訳ですから、いつだって、旦那は、ロケット発射の準備が出来ているのです。旦那は、アメリカだろうが、ロシアだろうが向かっていく準備は出来ているのです。しかし、本来アメリカ、ロシアに旦那が簡単に行ける訳ではありませんし。

しかし、今、アメリカ、ロシアの奥様と簡単にセックス出来る方法が、インターネットに確立されたと言います。それが、つまり不倫サイトの確立です。不倫は、悪徳と散々ニュースなどで叩かれているものの、インターネットの世界では、自由に、不倫をして欲求を解消しましょうと言っているのです。不倫サイトがなかなか実現出来ない、夢のような不倫をセッティングしてくれようとしているのです。

もう旦那は、アメリカ、ロシアでもロケットで旅立っていくことが出来ます。もう手遅れなのかもしれませんが、奥様も、奉仕する精神をせめて忘れてはならないものなのではないでしょうか。

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